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評価委員会報告書に対する抗議声明
2006年12月28日
有明海漁民・市民ネットワーク
有明海・八代海総合調査評価委員会は、12月20日の最終委員会において委員会
報告書を取りまとめ、翌日、主務大臣や関係県に提出した。その報告書では、漁
業者が待ち望んでいた有明海異変の原因究明、および有明海再生への道筋提示と
いう評価委の役割が完全に放棄されており、漁業者と彼らを支援する全国の市民
は、評価委に対して抗議の意を表明するとともに、以下に私たちが感じている問
題点を記し、今後の第三者機関の在り方について提言したいと考える。
一 有明海再生のための実効性ある方策を示していない
報告書に盛り込まれた諸方策には、有明海異変が社会問題化して以降、すでに
行政独自の判断で何年にもわたり実施されてきた施策が少なくない。しかしそれ
らの施策では、今日に至るも有明海は再生の兆しすら見せていないというのが厳
然たる事実である。評価委がそれら個別事業の効果の検証すら行わないままに、
同様の諸方策を提言することは無責任も甚だしく、これは行政に対する無批判的
な追従である。来年度予算にも、「有明海再生事業」と称して35億円もの巨費が
計上されたが、私たちは無駄な公共事業のバラまきに反対し、真に有効な再生対
策である諫早湾潮受け堤防の開門に予算を集中するよう要求する。
二 有明海異変の原因を特定していない
効果がないと判っている方策しか報告書に示されなかったのは、異変原因を特
定し、それに応じた対策を検討するという当たり前の手順を踏んでいないからで
ある。
報告書に掲載された諸データや記述を見れば、潮流の鈍化、赤潮の増加、底質
の泥化・有機物の堆積・硫化物の増加、貧酸素の頻発、ノリ養殖の低迷、二枚貝
の減少、底層魚の激減等、すべてが90年代に関係しており、特にその後半に集中
している。これらを総合的かつ疫学的に判断すれば、諫早湾干拓事業、特に97年
の堤防締め切りが原因であるとの仮説は容易に立てることが可能な内容となって
いる。それにもかかわらず報告書では、諫干や諫早湾への言及を殊更に避け続け、
主要な異変原因または仮説の特定明示を行っていない。このために諫干主因説と
いう仮説の検証、すなわち中長期開門調査の提言は端から問題にされていない。
諫干問題を隠すために報告書は、有明海の長期的かつ緩やかな変化のみを特に
強調し、短期間で急激な変化をもたらした諫干はその長期的変化の一局面に過ぎ
ないと過小評価し、また寄与度は不明と不可知論(原因は分かるはずがないとす
る考え方で、原因解明を阻む役割を演ずる)に持ち込もうとしている。有明海の
環境が長期的に悪化してきており、かつては諫干以外の環境変化要因が存在して
いたのは事実だとしても、特に90年代後半に強く作用した諫干以外の要因は報告
書において全く示されていない。この意味では長期的にはともかく、近年の有明
海異変の主因は諫干であり、その寄与度は100%と想定されると言っても過言で
はない。
三 須藤委員長の議事運営は不自然である
評価委は、審議時間の多くを上記の長期的変化要因の議論に費やし、近年の有
明海異変の原因と目される諫干による影響問題をテーマとするのを不自然なまで
に避けてきた。このため複数の委員から、「いつ頃の有明海に戻すのかという再
生の目標をはっきりさせないと議論や判断が難しい」旨の意見が何度も表明され
たが、須藤委員長はその結論を出そうとしないままに審議を進めてきた。報告書
に提言された再生策を見た委員たちが、「忸怩たる思いだ」「これで再生できる
のか心もとない」という感想を述べたのは当然と言える。
また農水省が中長期開門調査は行わないという行政判断を行った直後の委員会
(第9・10回)では、「行政判断を行う際に基とした報告は科学的とは言いがた
い」等々、多くの委員から批判が噴出したにもかかわらず、須藤委員長は「行政
的判断といわれると、これ以上あんまり議論をこれから継続しても」仕方がない
と宣言し、審議を打ち切ってしまった。しかし委員の意見を尊重するなら、なぜ
報告書に中長期開門調査の提言がないのか、まことに奇妙と言うほかない。その
後の委員会で委員長が中長期開門調査問題を議題に上げることは一切なかったが、
いつも事務方の用意したペーパーを読みながら議事運営を進める須藤委員長は、
あたかも行政の代理人のようであった。
漁業者や国民が評価委に望んでいたのは、「異変前の有明海に戻してほしい」
「そのために有明海異変の原因を解明してほしい」という点にあったにもかかわ
らず、農水省の望む「結論」ありきの報告書にまとめるために、委員長はあえて
再生目標を示すことなく、対症療法的諸方策で事足れりという結論に導いたに過
ぎない。まずは10年前・20年前の状態に戻すことを目標とせずして、どうして40
年前・50年前の状態に戻せると言うのだろうか。有明海再生の道筋をつけること
を目的として発足した評価委員会は、結局目的を達成しないまま幕を閉じたこと
になる。
四 評価委を陰で牛耳った農水省
評価委が漁業者や国民の期待を裏切る報告書しかまとめられなかった問題の背
景には、評価委の「幹事」(有明海・八代海総合調査評価委員会令に規定)とし
て委員を「補佐」する役目である農水省官僚の、跳梁跋扈があったことを指摘し
ないわけにはいかない。彼らは異変以降に巨額の調査予算で蓄えた豊富なデータ
と情報を駆使し、委員会に対しては自らに都合のよい一方的な情報のみを発信し
続けた。さらには正しい科学的知見を葬り去る目的のためには、農水省推薦で委
員となった御用学者に異論を唱えさせることによって、両論併記に持ち込むこと
に成功した。このために報告書案は一貫性を欠いて不可知論が色濃くなり、結果
としてまともな再生策も出せなくなったのである。
行政と委員会との不正常な力関係を示す一幕は、11月に開催された第25回委員
会でも露呈された。一つには、事務方のワーキンググループの存在が初めて委員
から指摘されたが、報告書やパブコメへの回答内容は、このワーキンググループ
が方針を決定し執筆した可能性が高い。非科学的で行政的な発想に基づく文言や
論理であふれているし、裁判の準備書面において農水省が展開している独自の議
論さえ、そのまま使われていることにも窺える。二つ目には、報告書案の修正を
求めた委員発言に対して、委員長は「後で事務局と相談して判断する」旨答えた
が、これには傍聴席も唖然とさせられた。ここには、科学者委員より行政の意見
で最終判断がなされているという評価委の実態が、見事なまでに示されている。
五 評価委の失敗の轍を踏まないために
報告書が事実上は行政の手になるものにすぎないと推測できるのは、以上から
明らかであろう。彼らは、異変原因究明の根幹をなす潮流潮汐問題に関するパブ
コメへの回答で、一方では実測値は気象要因があるから信用できないとしつつ、
他方ではシミュレーションも信用できるレベルにない、という理屈をご都合主義
的に使い分けている。これでは、科学者がどんなに優れた実測値やシミュレーシ
ョンを提示しても、今後とも同じ理屈で行政は採用を拒否するだろうから、結果
として永遠に「原因は分からない」ということになってしまう。自らの事業を守
るためには科学的判断にさえ介入する農水省が、評価委で実権を握り続ける限り
は、今後何十年と委員会を設置し続けても結論は変わるはずがない。そんな評価
委なら不要である。
来る通常国会では特措法の見直しが行われるから、今、ボールは再び政治の場
に投げ返されたと言える。当時の谷津農水大臣がノリ第三者委を立ち上げたのは、
有明海異変の原因究明とその対策を、行政判断ではなく科学的判断に任せたいと
いう意思表示だったはずである。この初心を貫徹するなら、政治判断で中長期開
門調査の決断を行ってほしい。そのための科学的根拠はすでに本報告書にも強く
示唆されているのだから。
ところで環境省は、07年4月にも新たな評価委を設置する意向であるが、政治
が本報告書だけでは中長期開門調査に踏み切るわけにはいかないと判断し、しか
しその代わり今度こそは真に科学的判断を求めたいと考えるのであれば、その際
には政治判断や行政判断からは独立して純粋に科学的な評価がなされるよう、委
員会の自主性を特措法や評価委員会令(政令)だけでなく、委員会運営上も実質
的に担保していくことが絶対に必要である。政治や国会には今、法の改正に当た
って、それを担保するための具体策の検討が求められている。
たとえば有明海衰退の原因を調査するためには、どういう項目をどういう方法
で調査すべきなのかという問題については科学的判断が必要である。したがって
今後は、行政判断ではなく、専門家である評価委のもとに調査の全体基本計画
(いわゆるマスタープラン)を決定する権限を法的に保障すべきである。そうし
た意味のある調査データに基づいて再生にかかる評価を下すのが評価委本来の目
的だったにもかかわらず、実際は評価委ではなく行政が調査事業を決定していた
のである。これでは必要な調査はなされず、原因も究明できず、実効性ある再生
策も打ち出せないのは当然であろう。また事業の当事者として、第三者とは言え
ない農水省が推薦する委員を評価委に入れるなら、漁業者やNGOの推薦する委員
も含めることや、今後とも庶務を担当する事務局を環境省に置くなら、その役割
と権限を明確化して農水省の影響を排除するなど、政治が講ずべき手立ては少な
くないと考える。
「有明海及び八代海が、国民にとって貴重な自然環境及び水産資源の宝庫とし
て、その恵沢を国民がひとしく享受し、後代の国民に継承すべきものであること
にかんがみ」という特措法の崇高な理念を実現できるか否かは、今や、主務大臣
・関係県知事、国会・地方議会の判断にかかっている。
以上
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